かぞくのじかん

新たな物語のはじまり。

その舞台は、佐土原町。江戸時代は島津氏の佐土原藩三万石の城下町であった旧佐土原町と佐土原駅開設で発展した広瀬町が合併。現在は先端産業が集積する工業の町としての顔と、宮崎市のベッドタウンとしての2つの顔を併せ持つ街といわれています。

佐土原には5つの小学校と3つの中学校がある。今回の舞台は広瀬小学校区にあります。

広瀬小学校の東隣にある広瀬神社。例祭、元旦祭、夏祭の三大行事に加え、毎月一日は月次祭が行われている。創建はなんと1550年(天文19年)。当時は佐土原城内にあったが、合祀も含め、昭和49年に現在の場所に移動した。宮司さんは地元の方々と親密で、今回お施主のM様のご実家もこの近くにあり、日頃お世話になっているとのご縁で、M様の地鎮祭は広瀬神社さんに決定。

近くにコスモス、ウメコウジ、ナフコがあり、日用品はこのエリアだけでも十分に買い揃えることができる。少し車を動かせば、さらに多くのカテゴリーのお店が整っており、充実した住環境が広がっている。

近くの高台には佐土原町役場がある。土地探しではあまり気にしない施設でも近くにあるとなにかと便利ですね。

久峰公園。わたしも子供のころよく遊びに来ていたところ。昔はもっと高くて長いローラーすべり台(結構こわい)の記憶があるのですが、現在はわたしが大きくなりすぎたのか、ただただ年をとったのか、小さいお子さんでも安心して遊べるよう緩やかになったように感じました(; ・`д・´)

こちらの鶴松館(かくしょうかん)は、佐土原城の二の丸があった場所。明治2年に廃城となった佐土原城だが、平成5年に大広間・書院・数寄屋をこの二の丸跡に復元、鶴松城として開館。撮影できるのはここまでですが、写真正面の大広間の右手には、丸くおおきな飛び石と川砂利がちりばめられた美しい庭が広がっています。

宮崎市景観重要建造物に指定されている旧阪本家。40年ほど前まで味噌や醤油を醸造。こちらを管理する方の話によると、昔は「坂本」だったそう。大坂城が現在の大阪城に改名したのと時同じくして、商人を取り込むために「阪」に改めたという話(諸説あるとは思われる)でした。

建物は築114年が経過し、小まめな改修等が加えられていますが、特徴的だったのは鬼瓦という瓦が使われていること。南九州で鬼瓦が現存しているのはここだけとのことで、県外からこの地へ足を運ぶ方もいるほど。こちらも鶴松館同様、館内の撮影は禁止ですが、裏庭には枯山水があり趣があります。こういった文化財を世に残すという取り組みは、私たち「建築」に関わる人間の使命だと改めて感じます。

そんな歴史深い町、佐土原で家づくりを始めるお施主のM様。
今回の「かぞくのじかん」という愛称は、シンプルな言葉ですが、このなかにはM様の長年の思いが凝縮されています。
それについては、またいずれ機会があればご紹介しますね。

新たな木の家物語の始まり。皆さまどうぞお楽しみください。

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