かぞくのじかん

おじいちゃんちから紡ぐべきもの

着工に向け、予定通りにすすむ”かぞくのじかん”現場。

本日は前回お話ししましたM様思い出いっぱいの「おじいちゃんち」の取毀工事。わたしにとっても何度かこちらにお招きいただき、お打ち合わせさせていただいた場所でもあります。

毎日毎日大切に手入れをされていたお庭。M様にとっても大切な思い出の空間。

写真はキンモクセイ。ほかにも春先に大きな葉をつけ、綺麗な花が咲くモクレンなど彩豊かな木々。

解体工事開始。内壁、サッシ、畳上げなど次々と工事が進みます。

内部解体完了。艶やかで美しい床柱や趣のある欄間。その1つ1つに建設当時のこだわりが感じられたお家。

つづいて外部。屋根瓦、外装材などを外していきます。

いよいよ本体の解体工事。建物に水をかけながら、周辺の建物や車などへ破片や粉が飛散しないよう注意しながら作業します。

水道管が近くにある場合は、破損等の二次被害防止のため、さらに細心の注意が必要になります。写真のように重機+人力といった方法で時間をかけて慎重に進めます。

最後はお庭にあった大きな石を撤去し、整地。

すべての解体工事が完了。

建築という仕事に携わっていると、そこにある様々な想いを感じとることができます。わたしも建物を解体するときは、正直、やるせない気持ちになる時があります。必要がなければ解体を勧めることは決してありません。家づくりをする上でベストな方法を考え抜いた末の判断であれば、それは必要な工事となります。たとえどんな選択になっても、人々の想いはしっかりと、そして力強く、受け継がれていくもの。私たちはそれを家というカタチにして、そこに住まうご家族へと「想いを紡ぐ」使命があります。

M様ご家族がここであんなことしてくれるといいな~。この空間ではこんな姿がみえるな~などと一人思いにふけながら、感慨深く現場を見つめ続けるのでした。

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ドナ♬ドナ♬ド~ナ♬子牛?を乗せて~♬

佐土原町を舞台とする「かぞくのじかん」。

皆さんの中にも「ドナ♬ドナ♬ド~ナ♬」と聞くと、懐かしい曲だな~と感じる方も多いかと思います。今回、かぞくのじかんの現場でもついついその歌を口ずさみたくなる時がありました。

その話は後ほど!まずはこちらの写真をご覧ください。

みなさんに「かぞくのじかん」を語り始めるには欠かせない大切なお話があります。それはこちらのお家。かつてはお施主M様のおじい様、おばあ様が暮らしてらっしゃったお家です。M様もこどもの頃は毎日のようにここに来て、たくさん勉強して、たくさん遊んで、たくさん笑った、そんな思い出が詰まったお家。これから家づくりをはじめるにあたり、熟考の末、ご家族賛同のもと、M様はこの思い出いっぱいの「おじいちゃんち」を解体する決意をされました。

そんなおじいちゃんちの裏庭には立派な物置が2基ありました。扉に苔は生えてはいましたが、なかも綺麗な状態で解体時に処分するには惜しい。また、物置が必要といえる十分な理由もあり、新しいお家に1基、ご実家のお庭に1基、それぞれ活用することになりました。

早速、物置のプロが現場に到着。慣れた手つきでばらし方をスタート。

一方、倉庫の移設先となるご実家のお庭では、外構職人が本体設置に向け準備を開始。同じ日に異なる場所で同じ目的の工事が進む。この日ですべてを完了させるため、今日のだんどりはすべて私に掛かっている・・・。強烈な重圧を感じながら、慎重に慎重に工事を進めます。

物置解体完了。フレームと部材はあるものに積み込まれました。

「ドナ♬ドナ♬ド~ナ♬物置を乗せて~」。動いてるの?というほどの徐行運転で目的地へ向け出発。

所定の位置に到着。解体したばかりですが、早速組立作業に入ります。

側板組み完了。ひとつひとつしっかりと工程を進める男たちを照らす太陽の光。とてもかっこいいです。

組立も完了し、最後は四隅のアンカー工事。これにより、物置倒壊リスクは大幅に軽減されます。

仕上げに物置全体を磨き上げ、移設工事完了!・・・ではありません。

仕上げの仕上げに、アンカーの穴を掘る前にあらかじめ保管していた元々あった芝生を同じ場所に戻します。これで完成!どんな工事でも、美しさを追求する心をしっかりもっていれば、良いものになりますね。もう1基は新しい木の家が完成する頃に復元予定です。それまでしばしの冬眠。

さぁ、次回はいよいよおじいちゃんちの解体工事に入っていきます!

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かぞくのじかん

新たな物語のはじまり。

その舞台は、佐土原町。江戸時代は島津氏の佐土原藩三万石の城下町であった旧佐土原町と佐土原駅開設で発展した広瀬町が合併。現在は先端産業が集積する工業の町としての顔と、宮崎市のベッドタウンとしての2つの顔を併せ持つ街といわれています。

佐土原には5つの小学校と3つの中学校がある。今回の舞台は広瀬小学校区にあります。

広瀬小学校の東隣にある広瀬神社。例祭、元旦祭、夏祭の三大行事に加え、毎月一日は月次祭が行われている。創建はなんと1550年(天文19年)。当時は佐土原城内にあったが、合祀も含め、昭和49年に現在の場所に移動した。宮司さんは地元の方々と親密で、今回お施主のM様のご実家もこの近くにあり、日頃お世話になっているとのご縁で、M様の地鎮祭は広瀬神社さんに決定。

近くにコスモス、ウメコウジ、ナフコがあり、日用品はこのエリアだけでも十分に買い揃えることができる。少し車を動かせば、さらに多くのカテゴリーのお店が整っており、充実した住環境が広がっている。

近くの高台には佐土原町役場がある。土地探しではあまり気にしない施設でも近くにあるとなにかと便利ですね。

久峰公園。わたしも子供のころよく遊びに来ていたところ。昔はもっと高くて長いローラーすべり台(結構こわい)の記憶があるのですが、現在はわたしが大きくなりすぎたのか、ただただ年をとったのか、小さいお子さんでも安心して遊べるよう緩やかになったように感じました(; ・`д・´)

こちらの鶴松館(かくしょうかん)は、佐土原城の二の丸があった場所。明治2年に廃城となった佐土原城だが、平成5年に大広間・書院・数寄屋をこの二の丸跡に復元、鶴松城として開館。撮影できるのはここまでですが、写真正面の大広間の右手には、丸くおおきな飛び石と川砂利がちりばめられた美しい庭が広がっています。

宮崎市景観重要建造物に指定されている旧阪本家。40年ほど前まで味噌や醤油を醸造。こちらを管理する方の話によると、昔は「坂本」だったそう。大坂城が現在の大阪城に改名したのと時同じくして、商人を取り込むために「阪」に改めたという話(諸説あるとは思われる)でした。

建物は築114年が経過し、小まめな改修等が加えられていますが、特徴的だったのは鬼瓦という瓦が使われていること。南九州で鬼瓦が現存しているのはここだけとのことで、県外からこの地へ足を運ぶ方もいるほど。こちらも鶴松館同様、館内の撮影は禁止ですが、裏庭には枯山水があり趣があります。こういった文化財を世に残すという取り組みは、私たち「建築」に関わる人間の使命だと改めて感じます。

そんな歴史深い町、佐土原で家づくりを始めるお施主のM様。
今回の「かぞくのじかん」という愛称は、シンプルな言葉ですが、このなかにはM様の長年の思いが凝縮されています。
それについては、またいずれ機会があればご紹介しますね。

新たな木の家物語の始まり。皆さまどうぞお楽しみください。

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